時間と空間の層を、自分なりの方法論で表現する/土井紀子インタビュー

抽象的な絵画作品を中心に取り組んでいる土井紀子。TAMENTAI GALLERYで取り扱うほかの抽象的な画風の作品とはまた一線を画す緻密な作品は、決して派手さはないものの、見れば見るほどに不思議な感覚を喚起する独特の雰囲気をまとっています。何重にも層を重ねながらつくられる作品制作の背景を伺いました。

抽象作品を中心に展開されていますが、具体的に何かを表現しているんでしょうか?

いまはなにか特定のモチーフではなくて、時間とか空間を織りなす層、レイヤーを表現したいなと思っているんです。過去のもの、未来のものが現在に折り重なっていること、あるいは他者と自己と作品の間にある距離感を、どうやったら平面を通して表現できるかということをテーマに考えています。なので、具体的になにを描くかというよりも、作品をつくるプロセスをつうじた表現をできないかと考えているんです。最近は水性塗料を使って何層にも塗り重ねたり、それから版画の技法にも挑戦しています。模様やかたちが偶発的に出来上がるのがおもしろくて、いろんな方法を試して実験していくなかで、どんどん経験値を上げていきたいんです。

抽象絵画を描き始めるきっかけなどありましたか?

具体的なきっかけは、丸や三角のようなかたちをシルクスクリーンで刷っていたときに、いろいろと実験していく中で泡のようなかたちができて、それにすごく惹かれたんです。そこからだんだんと抽象作品が増えていって、「水ノ面(ミノモ)」という水面を描いた作品をつくるなかで、前景だけでなく背景のほうにも興味を持ち始めたんです。

水ノ面 水ノ面 水ノ面
水ノ面(ミノモ)
2017年
ミクストメディア、パネル
80.3×53.0cm、80.3×53.0cm、80.3×53.0cm

レイヤーや背景の表現はどのようにつくっているんですか?

層という意味では、作品によってはうすく50層くらい塗り重ねることもあるんですけど、色が重なっていくなかで文字通り重層的になって、深まっていくんです。通常、油絵はイーゼルなどに立てかけて描くのですが、わたしの場合は平置きでつくっていくことが多いんです。そのせいか油絵よりも日本画のような雰囲気を感じるという感想を言われることもあります。

筆で絵具を着色するだけでなく、ラメを使ったよく見ると少しキラキラする作品だったり、あるいは衣服とか、思い入れのある布をキャンバスに押し当ててつくった作品もあります。つくっているときは自分でもどういうかたちになるのかわからないんですよね。立体を平面の作品のなかに落とし込むためにはどうしたらいいか、発想を自由に取り組んでみているところです。

作品づくりのプロセスは偶発性にゆだねているところが大きいんですか?

エスキース(下絵)はもちろんつくるんですけど、作っている過程で偶然起こる変化だったり、作業しながらひらめいたことも作品に取り込んでいます。制作メモに残して、その時々に考えていたことも蓄積しています。

制作行程にこだわるなかで、結果として作品が抽象的なものになっているんですね。

具象的な作品もあるんですよ。数年前に妹が小さいころの写真をモチーフにして描いた作品があって、同じ写真をベースにして1年後に描いてみるとまったく違う雰囲気の作品が出来上がったので、すごく面白く感じました。

それから昨年は知人の通訳案内士さんから依頼を受けて、「圭子ちゃん」という外国人向け日本語教材の挿絵を描きました。原爆投下をテーマにした内容なんですが、子どもや、初めて原爆に触れる人にも受け入れられるようにしてほしいという要望もあったので、このときはパステルを使ってやわらかいタッチで描きました。

圭子ちゃん

圭子ちゃん」(中越尚美 作)より

この取り組みが新聞に取り上げられたり、その後広島と北海道の高校生どうしの交流機会に招かれたりと、自分が描いた絵を通じて時間的にも地理的にも離れたところに関係が広がっていったんです。
普段は美大芸大受験予備校で教えたりもしていて、自分のやりたい表現だけでなく幅広く経験を積んでいけたらと思っています。

(2019年4月/文・山本 功)