できるだけシンプルに表現することで広がる絵画の奥深さとは?
ご自身の作風ついて教えてください。
油彩画の静物画を主体に、風景画や、木版画も手掛けています。画面のなかでのバランスと調和を大切に、シンプルに表現することにこだわって描いてきました。
シンプルに描くということは、ただ写実的にそっくりに描くのでなく、あくまでも自然な印象を残しながら、抽象化することだととらえています。スケッチの段階からできるだけ単純に描くとか、色数を少なくするとか、細かいポイントはいろいろとありますね。それゆえか、頂戴するコメントは「穏やかな色調でまとめている」というようなものが多いです。
作風を確立していくなかでは、どんな人たちの影響がありましたか?
まず美術の世界に踏み入るきっかけとして、姉の存在があったように思います。3つ上の姉は中高と美術部に入り、その後、比治山の美術科に進学したため、ずっとあとを追うように影響を受けました。その頃、姉から見せてもらった青木繁(あおきしげる)、中村彝(なかむらつね)の画集にくぎづけになりました。2人とも多くの名作を残しながら夭逝した画家です。そんな少しアウトサイダー的な部分に惹かれたようです。その後、私も東京の美術専門学校に進み、特定の会派には属さず個展やグループ展などを活動の場にしています。広島の画家では、靉光、海外ではボナール、マチス、モランディなどの影響も受けました。
静物画が中心とのことですが、どのあたりが魅力ですか?
静物画では、台にモチーフを並べて描くのですが、ちょうど舞台に立つ役者が対話するような配置を考え構図を決めていきます。以前は中央にまとめてバランスをとっていましたが、近年は中央に間をつくったり、物と物の距離をあえて引き離して、不協和音のような状態にしたり…。
過去の展示風景
モチーフとしては、枯れた植物や錆びた楽器などは何度も描いています。ホルン、バイオリンやクラリネットなどの楽器は人に借りることもあるのですが、知人から不要になったものを使ってくれと頂戴したこともありましたね。それから白い多面体もよく登場します。これは「メランコリア」というデューラーの有名な作品に出てくるモチーフです。あまり詳しく話すのは憚られるのですが、構図配置に暗喩めいた意味あいもあります。
「メランコリアI」アルブレヒト・デューラー ,1514年, メトロポリタン美術館蔵.
木版画はどのような位置づけで取り組んでいるのですか?
ときどき油絵のために描いたスケッチをベースに木版画にも取り組んでいます。そもそものきっかけは年賀状用でしたが、表現手段としてシンプルで魅力があると思って現在も続けています。手軽に作品を手に取れるし、刷る工程でそれほど特別な道具は必要ありません。手作業で行う過程で加減の調節ができることが木版画の魅力ですね。
作品を通じて何かを伝えたいという思いはありますか?
普遍的な価値を踏まえた表現をしたいというのが大きい気がします。音楽でいうところの「グルーヴ感」に相当するような… そんな感覚を作品を通じて味わえるようにするために、絵の調和感やバランスを試行錯誤しているんだと思います。もちろん見た人全員にすべてが伝わらずとも、わかってくれる人にはわかってもらいたいですよね。
「普遍的な価値」とはどのようなものでしょう?
古代の壁画から現代アートに至るまで美術は変遷してきましたが、それでもなにか通ずる普遍性はあると思うのです。シンプルさにこだわっているのはそういう意味で、見た目の派手さで目を引くよりも、じっくり見て味わってほしいとは思います。
調和やバランスを大切にするという姿勢は、絵画に限ったことではなく、現代社会がかかえるさまざまな社会問題を解決するための指針となるのではないでしょうか。